オードリー春日のむつみ荘は今どうなった?解体や跡地の現在を徹底追跡
ブレイクを果たし超売れっ子芸人となってからも、長年にわたり月3万9千円のアパートに住み続け、無数の伝説を生み出したオードリーの春日俊彰さん。その代名詞ともいえる杉並区阿佐ヶ谷のアパート「むつみ荘」は、テレビのバラエティ番組やラジオを通じて日本中のお笑いファンに親しまれてきました。
2019年に結婚を発表して転居した春日さんですが、かつてテレビカメラが頻繁に出入りしたあの部屋と建物は、その後どうなったのでしょうか。建物の解体から跡地の現状、そして今なお色褪せない風呂なし生活のエピソードまで、現場の記録をもとに詳しく振り返ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:春日俊彰さんが20年近く暮らした阿佐ヶ谷の「むつみ荘」は建物の老朽化に伴って解体され、現在は真新しい住宅地へと生まれ変わっています。
- 要点2:家賃3万9千円・風呂なしの201号室は『水曜日のダウンタウン』や『オードリーのオールナイトニッポン』の舞台となり、寛容な大家さんの人柄もあって聖地化しました。
- 要点3:最愛の妻・クミさんとの結婚を機に退去という人生の転機を迎えましたが、建物が姿を消した今もお笑い史に輝く金字塔としてファンの記憶に刻まれています。
【阿佐ヶ谷の聖地】むつみ荘201号室の現在と跡地はどうなったのか
東京都杉並区阿佐谷南の閑静な住宅街に佇んでいた木造2階建てのアパート「むつみ荘」。最寄りの阿佐ケ谷駅から住宅街を歩いた一角にあり、かつては独特の昭和レトロな外観がひときわ目を引くスポットでした。春日さんが暮らしていたのは2階の201号室で、郵便受けや玄関ドアの隙間から部屋の中がチラリと見えるほど年季の入った佇まいが有名でした。
多くのファンや「リトルトゥース」(『オードリーのオールナイトニッポン』リスナーの総称)が気にかけている現在の様子ですが、むつみ荘はすでに建物全体が解体されています。かつて黄色みを帯びたモルタル壁と外階段があった敷地は更地となった後、新しい現代的な戸建て住宅などが立ち並ぶ区画へと姿を変えました。
かつて訪れるファンが後を絶たなかった阿佐ヶ谷のランドマークは、周囲の静けさに溶け込む真新しい街並みへと完全にリニューアルされています。当時の面影を感じさせる構造物は残っていませんが、現場周辺の路地や商店街へ続く道筋には、当時の春日さんが自転車で駆け抜けていた空気感がかすかに息づいています。
家賃3万9千円で風呂なし生活|オードリー春日が愛した破天荒な暮らしぶり
春日さんがむつみ荘に入居したのは、まだ世間に名前が知られていなかった若手芸人時代のことでした。提示された家賃は月額3万9千円。都内の駅徒歩圏内としては破格の安さでしたが、その安さの理由は明確で「風呂なし・共同トイレ」という極限まで無駄を削ぎ落とした環境にありました。
驚くべきは、2008年の『M-1グランプリ』準優勝をきっかけに大ブレイクを遂げ、テレビのレギュラー番組を多数抱えるトップタレントへ駆け上がった後も、春日さんはこの部屋に住み続けた点です。年収が億単位に迫ると噂された時期ですら、むつみ荘での生活様式を変えようとはしませんでした。
風呂がないため、春日さんは自宅の流し台で頭を洗ったり、赤ちゃん用のおしりふきやウェットティッシュで丹念に体を拭いて済ませたりしていました。夏場にはコインシャワーを節約するために独自の工夫を凝らすなど、ラジオや番組で語られるドケチかつストイックな私生活は、多くのリスナーに強烈な笑いと衝撃を与えました。
『水ダウ』や『オードリーANN』で刻まれた名場面と愛すべき大家さんの存在

むつみ荘を語る上で欠かせないのが、数々のバラエティ番組での活躍です。とりわけTBS系『水曜日のダウンタウン』では、春日さんの自宅であることを逆手に取ったドッキリ企画が何度も敢行されました。「部屋に知らない人がいる」ドッキリや、部屋全体に大量の仕掛けを施すロケなど、日本のテレビ史に残る数々の名シーンが201号室で生まれています。
深夜ラジオ『オードリーのオールナイトニッポン(ANN)』においても、むつみ荘は毎週のフリートークの主役でした。部屋に勝手に上がり込んできた相方の若林正恭さんとのやり取りや、深夜にファンがアパートの外に集まって起きた珍事件など、数え切れないエピソードの源泉となったのです。
そして何より、この伝説を支えたのは寛大な大家さんの存在でした。頻繁に行われるテレビカメラの搬入やロケの騒音、押し寄せるファンの存在にも怒ることなく、春日さんの芸人活動を温かく見守り続けました。時には番組のインタビューにも気さくに応じるなど、その優しい人柄はファンからも深く愛されていました。
結婚と引っ越しを決断した真実|クミさんとの新生活と退去の舞台裏
長年愛着を持っていたむつみ荘からの退去が決まった最大のきっかけは、2019年の結婚でした。春日さんは長年交際を続けていた一般女性の「クミさん」へテレビ番組の企画を通じて公開プロポーズを行い、見事にゴールインを果たしました。
どれほど独身生活で風呂なしアパートを愛していた春日さんでも、生涯を共にするパートナーを迎え、将来的に子どもを育てる環境として風呂なし・共同トイレのワンルームを維持するわけにはいきません。クミさんとの新しい家庭を築く決心こそが、約20年にも及ぶむつみ荘生活にピリオドを打つ決定打となりました。
退去が決まった際、ファンや番組関係者からは一つの時代が終わったかのような寂しさを惜しむ声が上がりました。引っ越しの様子も番組やラジオで大きく報じられ、春日さんは長年お世話になった大家さんや近隣住民に深く感謝を伝えながら、思い出の詰まった201号室の鍵を返却しました。
惜しまれつつ決まった解体|築年数の限界とアパートが迎えたフィナーレ
春日さんが去った後の201号室には、バラエティ番組の企画を通じて後輩芸人が一時的に住むなど、建物自体の命脈はしばらく保たれていました。しかし、アパートそのものの解体理由は建物の老朽化でした。
むつみ荘は建設から50年以上が経過した木造モルタル建築であり、耐震基準や防災面、配管設備などの維持管理が限界を迎えていました。大家さんの高齢化や時代の変化も重なり、入居者の安全を最優先に考えた結果、建物全体の取り壊しという苦渋の決断が下されたのです。
解体工事が始まった際には、SNS上で「昭和の芸人長屋がついに姿を消すのか」と感傷に浸る声が多数寄せられました。重機によって建物が取り壊され、瓦礫が運び出されて更地になった瞬間、阿佐ヶ谷の地で昭和から平成、令和へと受け継がれてきた一つのエンターテインメントの聖地が正式に幕を下ろしました。
【むつみ 荘 春日】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:むつみ荘の住所はどのあたりにありましたか?
A1:東京都杉並区阿佐谷南に位置していました。JR中央・総武線の阿佐ケ谷駅および東京メトロ丸ノ内線の南阿佐ケ谷駅から徒歩圏内の住宅街にあり、周辺は昔ながらの住宅と閑静な路地が広がるエリアです。
Q2:春日さんが退去した後、201号室には誰が住んでいたのですか?
A2:春日さんの退去後、テレビ番組の連動企画などを通じて後輩のお笑い芸人が次の住人として一時的に入居していました。その後、アパート全体の老朽化に伴う解体が決まり、全住人が退去することとなりました。
Q3:現在、むつみ荘の跡地を見に行くことはできますか?
A3:跡地自体は公道に面しているため付近を通ることは可能ですが、現在は一般の方が生活する真新しい住宅が建っています。記念碑や看板などは一切なく、近隣住民の方々の迷惑にならないよう配慮が求められます。
まとめ:建物が消えても輝き続けるオードリー春日の原点
木造モルタルの壁、軋む階段、そして家賃3万9千円の風呂なし生活。オードリー春日さんがブレイク前から売れっ子時代までを駆け抜けた「むつみ荘」は、近代的なタワーマンションに住むことが成功の証とされがちな芸能界において、極めて異彩を放つ伝説の空間でした。
建物の老朽化によってアパート自体は姿を消し、跡地には新しい風景が広がっています。しかし、そこで繰り広げられた無謀な節約術や、大家さんとの心温まる絆、そして深夜ラジオやバラエティ番組を揺るがした数々の名場面は、今もリスナーやファンの胸の中で鮮明に輝き続けています。 (出典: むつみ 荘 春日(Yahoo!ニュース))